夏目 漱石

文芸は男子一生の事業とするに足らざる乎

文芸が果して男子一生の事業とするに足るか何うかと云うことに答える前に、先ず文芸とは如何なるものであるか、と云うことを明かにしなければならぬ。文芸も見ように依って色々に見られるから、足るか足らぬかと争う前に、先ず相互の間に文芸とは如斯ものであると定めてかからねばなるまい。自分の云う文芸とは斯う云うものである。貴方の云う文芸とは然う云うものか、では男子一生の事業とするに足るとか、足らないとか論ずべきであって、若し、相互の間に文芸とは斯う云うものであると云うことを定めてかからない以上、其論は何時まで経っても終ることはない。それでは文芸とは如何なるものぞと文芸の定義を下すと云うことは、又些っと難かしいことで、とてもおいそれとそんな手早く出来ることではない。兎に角斯う云う問題は答えるに些っと答え難い。文芸其物を明らかにしてから言わねばならぬ。それなら、私は明らかであるか何うかと言えば、私は斯う答える。何人も満足せしめ得る程に明らかに自分は考えて居ないかも知れない、けれ共自分を満足せしむる丈けには、相当の考えを持って居る意である。其考えに依って此の問題を判断すると何うかと云うと、例の如く面倒くさくなる。斯う斯う斯うであるからして、私は文芸を以て男子一生の事業とするに足る、其理由を一々挙げて来なければならぬから、些っと手軽くは話されない。中々難かしくなる。然し、其理由は抜きにして、結論だけ言えと云うなら訳はなくなる。自分の文芸に対する考えに基づいて文芸と云う其職業を判断して見ると、世間に存在して居る如何なる立派なる職業を持って来て比較して見ても、それに劣るとは言えない。優るとは言えないかも知

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