小林 多喜二
争われない事実
誰よりも一番親孝行で、一番おとなしくて、何時でも学校のよく出来た健吉がこの世の中で一番恐ろしいことをやったという――だが、どうしても母親には納得がいかなかった。見廻りの途中、時々寄っては話し込んで行く赫ら顔の人の好い駐在所の旦那が、――「世の中には恐ろしい人殺しというものがある、詐偽というものもある、強盗というものもある。然し何が恐ろしいたって、この日本の国をひッくり返そうとする位おそろしいものがないんだ」と云った。
矢張り東京へ出してやったのが悪かった、と母親は思った。何時でも眼やにの出る片方の眼は、何日も何日も寝ないために赤くたゞれて、何んでもなくても独りで涙がポロポロ出るようになった。
角屋の大きな荒物屋に手伝いに行っていたお安が、兄のことから暇が出て戻ってきた。
「お安や、健は何したんだ?」