佐左木 俊郎
芋
福治爺は、山芋を掘ることより外に、何も能が無かった。彼は毎日、汚れた浅黄の手拭で頬冠りをして、使い古した、柄に草木の緑色が乾着いている、刃先の白い坏を担いで、鉈豆煙管で刻煙草を燻しながら、芋蔓の絡んでいそうな、籔から籔と覗き歩いた。
叢の中を歩く時などは、彼は、右手に握った坏で、雑草を掻分けながら、左の手からは、あまり好きでも無い刻煙草を吸う鉈豆煙管を、決して離した事が無かった。ことに、芋蔓の絡んでいそうな籔の中を覗き込む時などは、眼をぱちくりさせながら、頬を丸くふくらまして、しっきりなしに煙を吐いて、先ず芋蔓よりも何よりも、蛇が居るかどうかを確かめるのである。彼は、山に生活する者にも似合わぬ程、蛇をおそれた。
それでもどうかすると、煙草の煙などには驚かない図々しい蛇のために、折角見つけた芋蔓まで奪われて了うことがあった。どんなに立派な山芋の蔓が見つかっても、もし其処に蛇が居たら、心臓が破裂する程はずんで来て、煙草を燻しながら逃出すのである。蛇を追払って、山芋を掘ると云うことなどは、彼には想像も出来ない。
そして、たとえ蛇に邪魔されずに掘ったにしたところで、山芋を掘ったのでは、日に一円とはならなかった。それに、ぽかぽかと暖くなって沢山掘れそうな日などには、何かの祟りかと思われる程、何処にもかくにも蛇が居て、唯煙草代を損して帰って来ることがあってから、随って、彼とモセ嬶との生活は随分酷めなものであった。