宮本 百合子

『地上に待つもの』に寄せて

此度山田さんの自伝的小説『地上に待つもの』が出版されるに当って、何人かの友人らに混って短い感想を書く因縁に立ち到ったことを私は一種の感動をもって考えるのである。

山田さんは、『種蒔く人』時代から日本のプロレタリア文学運動に参加して、本年二月ナルプ解散前後の多難な時をも経、略十年間、波瀾に富んだ闘争の道を歩いて来た。

私が山田さんを知ったのは一九三〇年の暮旧日本プロレタリア作家同盟の活動に参加するようになってからのことである。僅か三四年の間ではあったがプロレタリア文学運動にとって意味深い様々の経験を共にした。しかし私は今日見る山田さんがその背後にどのような経歴を負うているかというようなことについては極めて知るところが少なかった。当時の事情では、そのような思い出話を、ゆっくりきくにふさわしいような機会もなく、過ぎていたのであった。

『地上に待つもの』は、単に山田さんの意義ある過去の道どりを私達の前に示すばかりでなく、日露戦争後、急速に日本に資本主義が発展しはじめた時代に少青年期を迎えた勤労階級の或る種の若者たちは、どのように階級的上昇をしようと焦ったか。而もその焦慮はみたされなかった若者たちが、ヨーロッパ大戦後急激に高まった階級闘争の波にどんな勢でまきこまれて行ったか。其らの経緯をも語っている点で、深い社会的興味をよび起すものなのである。

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