宮本 百合子
冬を越す蕾
十一月号の『改造』と『文芸』のある記事を前後して読んで、私はなにか一つの大きい力をもったシムフォニーを聴いた時のような感情の熱い波立ちをおぼえた。『文芸』で、大宅壮一氏が「転向讚美者とその罵倒者」という論文を書いている。一方、カール・ラデックがこの八月第一回全連邦ソヴェト作家大会で行った報告演説が、「プロレタリア芸術の課題」という見出しで翻訳されて『改造』にのっている。
二つの論文は、互にもつれ合い、響きあってその底にだんだんと高まる光った歴史的現実の音波を脈打たせているという印象を、私の心に与えたのであった。
今年の夏の末ごろのことであった。ある友達が私のしびれている脚に電気療法をしながら、その男兄弟が、
「どうもこの頃は弱るよ。転向なんぞした奴だからというのを口実に、執筆をことわる人間ができて来て……」