宮本 百合子
「或る女」についてのノート
有島武郎の作品の中でも最も長い「或る女」は既に知られている通り、始めは一九一一年、作者が三十四歳で札幌の独立教会から脱退し、従来の交遊関係からさまざまの眼をもって生活を批判された年に執筆されている。
「或る女のグリンプス」という題で『白樺』に二年にわたって発表されたらしい。私共がそれを読んだのはそれから足かけ七年後、作者が題を「或る女」と変えて著作集の一部として発表した頃であった。一九一七年、一九年に出たから作者は既に四十二歳になっていた訳であろう。
今度読み直して見て、私は作者がどうしてこれほどの執着をもって、この題材にあたったのであろうかという好奇心を感じた。何故なら、率直に言ってこれは菊判六百頁に近い程長く書かせる種類の題材でなく感じられたし、長篇小説として見ればどちらかと言えば成功し難い作品であるから。しかも、作者は一種の熱中をもって主人公葉子の感情のあらゆる波を追究しようとしていて、時には表現の氾濫が感じられさえする。
葉子というこの作の主人公が、信子とよばれたある実在の婦人の生涯のある時期の印象から生れているということはしばしば話されている。