宮本 百合子
ルポルタージュの読後感
今月、私のところへ送られて来た原稿は全部で十篇でありましたが、その殆どが、働いている女性の生活記録であり、さもなければ外に出て働いていなくても家庭で無くてはならない人として暮している女性たちの文章でした。
熱心に書かれていると思いましたが、やはりまだルポルタージュというものと感想文というものとの区別が、書いている方自身にはっきりつかめていないのが半数を占めたのは残念です。
報告文学(ルポルタージュ)と感想文との根本的なちがいは、次のようなところにあると思います。報告文学というものは、ここに一人の人があって、その人が経験し見聞した事実、事件、問題などを具体的にそれがあったとおり記述してゆきながら、その記述をとおして書いている人がその事実なり事件なりの意味をどうつかんでいるかということも読者に感じさせてゆく書きかたです。
感想文の方は、感想というものがある一日に起ったある一つの事から誘い出されることもあるけれども、又、いつとはなし日々の生活の間から心にためられて、どの日のどのことという具体的な条件にかかわらず、その心持としてそれだけ書き綴られて行ってよいものです。従って、報告に比べれば文学の様式として心持が抽象して扱われる場合が多いのです。