山本 勝治
十姉妹
田面には地図の様な線条が縦横に走って、旱の空は雨乞の松火に却って灼かれたかの様に、あくまでも輝やき渡った。情けないほどのせせらぎにさえ仕掛けた水車を踏む百姓の足取りは、疲れた車夫の様に力が無く、裸の脊を流れる汗は夥しく増えた埃りに塗れて灰汁の様だった。
そして、小作争議事務所に当てたS寺の一室は日増しに緊張して行った。
「おい、遂々、彼奴等、白東会を雇いやがったぜ」引裂く様に障子を開けて入ってきた藤本は、一座を睨み廻して報告すると、新たに現われた敵を眼前に挑む様に唇を噛んだ。居合わせた者は一様に肩を揺すり眼を据えた。
「知ってるやろ、この県の白東会の支部長云うたら、ほら、この間町でコーヒ呑んだやろ、あの時隅に坐って俺達をにらんでいた紋付の羽織着てた奴、彼奴だよ、永い間東京をうろついていた、そら、町の前川新聞取次店の息子や……」