宮本 百合子
ある回想から
日本には、治安維持法という題の小説があってよい。そう思われるくらい、日本の精神はこの人間らしくない法律のために惨苦にさらされた。
先日、偶然のことから古い新聞の綴こみを見ていた。そしたら、一枚の自分の写真が目についた。髪をひきつめにして、絣の着物をきて、長火鉢のわきにすわっている。そして、むかいあいの対手に、熱心に話している。その顔が、横から夜間のフラッシュで撮されているのであった。興奮して、口を尖らかすようにしているその女の顔は、美しくない。せっぱつまって、力いっぱいという表情がある。年をへだて、事情の変ったいま眺めなおしたとき、その写真は私の心に憐憫を催おさせるのであった。
一九三八年(昭和十三年)一月から、翌年のなかばごろまで、日本では数人の作家・評論家たちが、内務省の秘密な指図で、作品発表の機会を奪われた。そのころ内務省の中で、ジャーナリストたちを集めて、役所の注文をなす会合がもたれていた。そこで、何人かの文筆家が名ざされて、雑誌その他に執筆させないようにといわれたのであった。
三七年の十二月三十一日の午後、私は、重い風呂敷包みを右手にかかえて、尾張町の角から有楽町の駅へむかって歩いていた。すると、いま、名を思い出せないけれども、ある新聞の学芸部の記者の人が、