宮本 百合子

祭日ならざる日々

千人針の女のひとたちが街頭に立っている姿が、今秋の文展には新しい風俗画の分野にとり入れられて並べられている。それらの女のひとたちはみな夏のなりである。このごろは秋もふけて、深夜に外をあるくと、屋根屋根におく露が、明けがたのひとときは霜に凝るかと思うほどしげく瓦やトタンをぬれ光らせている。戦いに年が暮れるのだろうか。

この間二晩つづけて、東京には提灯行列があった。ある会があって、お濠端の前の建物のバルコンから、その下に蜿蜒と進行する灯の行列を眺め「勝たずば生きてかえらじと」の節の楽隊をきいた。あとになって銀座へ出たら、その提灯行列のながれが、灯った提灯をふりかざしながら幾人も歩いていて、どれも背広姿の若い男たちであった。なかに蹌踉とした足どりの幾組かもあって、バンザーイ、バンザーイといいながら、若い女のひとの顔の前へいきなりひょいと円い赤い行列提灯をつきつけたりしていた。いつよばれるかを知れないような連中なんだね、ああやっているの。と、その様子を眺めながら連れの老齢の男のひとが静かな口調でいった。

私たち女の心は、こういう街頭の情景にふれても、簡単にただ見ては過ぎかねる動きを感じている。新聞は毎日毎日、勇壮無比な形容詞をくりかえして、前線の将士の善戦をつたえているが、現代の読者が、ああいう大ざっぱで昔風の芝居がかりな勇気というもののいいあらわしかたや、献身というものの表現を、不満なくうけとって、心持にそぐわない何ものをも感じていないとすれば、感受性の鋭さを誇る若い青年男女の心持ちも不思議である。今日の社会の事情は尋常を脱していて、女に求められている力も、女の資質一般ではなく、銃後

青空文庫の作品カード