宮本 百合子
フロレンス・ナイチンゲールの生涯
慈悲の女神、天使として、フロレンス・ナイチンゲールは生きているうちから、なかば伝説につつまれた存在であった。後代になれば聖女めいた色彩は一層濃くされて、天上のものが人間界の呻吟のなかへあまくだった姿のように語られ描かれているが、フロレンス・ナイチンゲールの永い現実の生活は、はたしてそんな慈悲の香炉から立ちのぼる匂いのようなものであったろうか。人間のために何事かをなし得た人々は、今も昔もきわめて人間らしさの激しくきつい人々、その情熱も智力も意志もひとしおつよい人々ではなかったのだろうか。
フロレンス・ナイチンゲールは一八二〇年イギリスの由緒ある上流の娘として誕生した。一八二〇年といえば日本では徳川時代の文政三年、一茶だの塙保己一だのという人が活躍した時代、イギリスは植民地インドからの富でますます豊かになりながら、一方にうめることのできない貧富の差を示して来たヴィクトーリア女皇の時代である。
少女としてのフロレンスの明け暮れは、上流家庭の娘たちがみなそうであったように立派な家庭教師についてフランス語、ラテン語などの語学を勉強したり、音楽、舞踊、絵画、手芸などをはじめ、若い貴婦人として社交界に出たとき、狩猟の折にこまらないようにと乗馬などまで、規則正しく仕込まれていたに相違ない。小さいこの上流の令嬢が、あるとき一匹の犬が負傷しているのを見て大層可哀そうがって、折からそこにいあわせた牧師を大人のように命令して手伝わせながら、その傷の手当をし、副木をつけてやるまでは満足しなかったというエピソードが、生れながら慈悲の女神であったフロレンスの逸話のようにつたえられている。が、この插話がもし実