宮本 百合子
女性の現実
十二月十七日から三日の間に行われた協力会議で、婦人の問題で高良富子さんが、婦人局の設置の案を提出した。それに対して、有馬頼寧伯の談として、婦人局というようなものを置こうとは思っていない。婦人を区別しては考えていないわけで、国民としての貢献は男と全く同じ心で期待しているのだから、かえって婦人たちによろこばれるだろうと思っているという意味の言葉が語られているのを夕刊で読んだ。
会議の結果、どう決定されるのかはまだ判っていない。けれども、日本じゅうの女性たちは、この問題についてのそれぞれちがった意見をどのような感想をもって読んだろうか。
自分たちが生れて、そこに生き、そこに死する国を愛する心に、男と女とのちがいはないということも一応はわかることであり、その心に立って、尽す力を男とひとしく女に認め評価するという態度もその限りでもっともであろう。
しかし、新しい日本の社会の健全な発展のために、婦人局があったらよかろうと提案した人々の考えは、「女も国民として」の心持という抽象の観念ではなくて、そういう女性一般の心持が具体的に表現され活用されてゆく過程で、社会的により進歩した形として婦人の貢献の条件について考慮してゆく施設が在った方がいいだろうという立場からであったろうと思う。