梶井 基次郎

川端康成第四短篇集「心中」を主題とせるヴァリエイシヨン

彼が妻と七才になる娘とを置き去りにして他郷へ出奔してから、二年になる。その間も、時々彼の心を雲翳のやうに暗く過るのは娘のことであつた。

「若し恙なく暮してゐるのだつたら、もう學校へあがつてゐる筈だ。あの娘等の樣に」

他郷の町の娘等は歌を歌つたり、毬をついたり、幸福そうに學校へ通つてゐた。――幸福そうに。

そのうちに彼は、父に捨てられた幼い者の姿で、毬をついてゐる、自分の娘を感じる瞬間を持つ樣になつた。そこには何時も、とんとん、とんとん、といふ音が聞えた。生きてゐるか、死んでゐるか、わからない――また、一體そんな娘を嘗て持つたことがあつたのかどうかも、時々には疑はしくなる、彼の娘なるものが、その不思議なとんとん、とんとん、といふ響のなかに不幸な生存を傳へて來るのであつた。

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