国木田 独歩
二老人
上
秋は小春のころ、石井という老人が日比谷公園のベンチに腰をおろして休んでいる。老人とは言うものの、やっと六十歳で足腰も達者、至って壮健のほうである。
日はやや西に傾いて赤とんぼの羽がきらきらと光り、風なきに風あるがごとくふわふわと飛んでいる、老人は目をしばたたいてそれをながめている、見るともなしに見ている。空々寂々心中なんらの思うこともない体。
老人の前を幾組かの人が通った。老えるも若きも、病めるも健やかなるも。されどたれあってこの老人を気に留める者もなく、老人もまた人が通ろうと犬が過ぎ行こうと一切おかまいなし、悠々行路の人、縁なくんば眼前千里、ただ静かな穏やかな青空がいつもいつも平等におおうているばかりである。