葛西 善蔵

浮浪

一

「また今度も都合で少し遅くなるかも知れないよ。どこかへ行つて書いて来るつもりだから……」と、朝由井ヶ浜の小学校へ出て行く伜のFに声をかけたが、「いゝよ」とFは例の簡単な調子で答へた。

遠い郷里から私につれられて来て建長寺内のS院の陰気な室で二人で暮すことになつてから三月程の間に、斯うした目には度々会はされてゐるので、Fも此頃ではだいぶ慣れて来た様子であつた。私が出先きで苦労にしてゐるほどには気にしてゐない風である。近くの仕出し屋から運んで来るご飯を喰べ、弁当を持つて出かけて、帰つて来ると晩には仕出し屋の二十二になる娘が泊りに来て何かと世話をしてゐて呉れてるのであつた。

二月一日の午後であつた。鎌倉から汽車に乗り、新橋で下りて、銀座裏のある雑誌社で前の晩徹夜をして書きなぐつた八枚と云ふ粗末な原稿を金に代へ、電車で飯田橋の運送店に勤めてゐる弟を訪ねると丁度退ける時分だつたので、外へ出て早稲田までぶら/\話しながら歩るくことにした。神楽坂で原稿紙やインキを買つた。

青空文庫の作品カード