中里 介山

大菩薩峠

一

大和の国、三輪の町の大鳥居の向って右の方の、日の光を嫌って蔭をのみ選って歩いた一人の女が、それから一町ほど行って「薬屋」という看板をかけた大きな宿屋の路地口を、物に追われたように駈けこんで姿をかくします。

よくはわからなかったが、年はたしか二十三から七までの間、あまり目立たないつくりで、伏目に歩みを運ぶ面には、やつれが見えて何となしに痛わしいが、それでも、すれ違ったものを一たびは振返らせる。鳥居の両側にはいずれにも茶屋がある、茶店のないところには宿屋があって――女の姿をいちばんさきに見つけたのは、陸尺や巡礼などの休みたがる、構えの大きいわりに、燻ぶった、軒には菱形の煙草の看板がつるされ、一枚立てきられた腰高障子には大きな蝋燭の絵がある茶店の中に、将棋を差していた閑人どもであります。

「あれかよ、あれかよ」

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