国木田 独歩

牛肉と馬鈴薯

明治倶楽部とて芝区桜田本郷町のお堀辺に西洋作の余り立派ではないが、それでも可なりの建物があった、建物は今でもある、しかし持主が代って、今では明治倶楽部その者はなくなって了った。

この倶楽部が未だ繁盛していた頃のことである、或年の冬の夜、珍らしくも二階の食堂に燈火が点いていて、時々高く笑う声が外面に漏れていた。元来この倶楽部は夜分人の集っていることは少ないので、ストーブの煙は平常も昼間ばかり立ちのぼっているのである。

然るに八時は先刻打っても人々は未だなかなか散じそうな様子も見えない。人力車が六台玄関の横に並んでいたが、車夫どもは皆な勝手の方で例の一六勝負最中らしい。

すると一人の男、外套の襟を立てて中折帽を面深に被ったのが、真暗な中からひょっくり現われて、いきなり手荒く呼鈴を押した。

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