国木田 独歩
少年の悲哀
少年の歡喜が詩であるならば、少年の悲哀も亦た詩である。自然の心に宿る歡喜にして若し歌ふべくんば、自然の心にさゝやく悲哀も亦た歌ふべきであらう。
兎も角、僕は僕の少年の時の悲哀の一ツを語つて見やうと思ふのである。(と一人の男が話しだした。)
* * *
僕は八歳の時から十五の時まで叔父の家で生育たので、其頃、僕の父母は東京に居られたのである。
国木田 独歩
少年の歡喜が詩であるならば、少年の悲哀も亦た詩である。自然の心に宿る歡喜にして若し歌ふべくんば、自然の心にさゝやく悲哀も亦た歌ふべきであらう。
兎も角、僕は僕の少年の時の悲哀の一ツを語つて見やうと思ふのである。(と一人の男が話しだした。)
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僕は八歳の時から十五の時まで叔父の家で生育たので、其頃、僕の父母は東京に居られたのである。