宮本 百合子
自覚について
わたしたちの生活に平和が戻り新しい民主生活の扉が開かれて、二度目の春を迎えることになりました。
昨年はわたしたち婦人にとって初めての経験である総選挙も行われ、そのほかずいぶん多事な一ヵ年を過しました。そして今日わたしたちがいちばん痛切に感じていることはなんでしょう。世界のなかに新しい日本として生きてゆくために、そしてまたわたしたちの新しい生活を築いてゆくために、婦人の生きかたというものは、もっともっとよく考えられ、よく組織され、大幅に前進しなければならないという痛切な反省であると思います。
これまでの日本の歴史のなかで、婦人がしおおせてきた役割は非常に大きいものです。またさきごろの戦争の間に、婦人が忍んできたぎせいと、今日までもその傷あとがどんなに深くわたしたちの生活に残されているかということは、すべての人が知っています。
婦人の自覚ということがいわれ、婦人自身その要求を持っていますけれども、自覚ということばは何を現実のより所としてわたしたちの生活にもたらされるものなのでしょうか。なにをどう自覚することがほんとうの自覚なのでしょうか。婦人問題を語る人は、あまりこの自覚という言葉を、そのものだけで世間にばらまくので、わたしたちはまるで道ばたに焼跡があるように、そしてそれを見なれてしまっているように、自覚という言葉を聞きなれて、しかもほんとうのその内容を知らないまま、ただ口伝えに繰返していると思います。