国木田 独歩
窮死
九段坂の最寄にけちなめし屋がある。春の末の夕暮れに一人の男が大儀そうに敷居をまたげた。すでに三人の客がある。まだランプをつけないので薄暗い土間に居並ぶ人影もおぼろである。
先客の三人も今来た一人も、みな土方か立ちんぼうぐらいのごく下等な労働者である。よほど都合のいい日でないと白馬もろくろくは飲めない仲間らしい。けれどもせんの三人は、いくらかよかったと見えて、思い思いに飲っていた。
「文公、そうだ君の名は文さんとか言ったね。からだはどうだね。」と角ばった顔の性質のよさそうな四十を越した男がすみから声をかけた。
「ありがとう、どうせ長くはあるまい。」と今来た男は捨てばちに言って、投げるように腰掛けに身をおろして、両手で額を押え、苦しい咳をした。年ごろは三十前後である。