宮本 百合子
私の書きたい女性
こんにち、わたしたちが生きている社会は複雑で、毎日の生活もはげしく変化しています。
文学の作品、とくに小説には風俗描写のおもしろみというものもあって、戦後にあらわれている多くの小説の中の女性は、若いひとを扱ったにしろ、中年から老年の女を描くにしろ、大部分がその風俗小説的な角度であつかわれていることは、どなたもお気づきのとおりです。
戦争がもたらした社会生活の大破壊のために、どんなつつましい内気なひとも、女として人生に予想していなかった変動をうけています。その変動に対して、どう処してゆくかということも現実には決して簡単でありません。
風俗小説の範囲で現実を見るだけでも、女の社会的な動きの一方には、婦人の参議院議員からはじまって少女歌劇の女優、婦人作家をふくむ女重役というものがあらわれているし、兜町・堂島に、女の相場がはやって来ています。その一方では、民主的な日本の新しくすがすがしい生活建設をめざして美しく雄々しく、恋愛し、結婚して行きたいと願う若い女性の大群が、実際生活のなかに本当の男女同権が確立するように働く人民としての女性の独立が可能である条件を作ろうとして奮闘しています。