宮本 百合子

願いは一つにまとめて

都会の主婦も農村の主婦も、同じ女性であることに何のちがいがありましょう。しかし、現実の生活の内容は非常にちがった点をもっています。工場に働く婦人たちと農業にしたがっている婦人たちとが、ともに働く婦人であることにちがいはありません。けれどもその労働の条件と経済事情と社会関係は互にひらきをもっています。だからわたくしたち女性といっても、都会に暮す婦人の気持と農村に生活する婦人の気持とはまるでちがったものだといってしまうことは、正しいでしょうか。わたくしたちは農村で働いている婦人なのだから、都会の婦人や工場働きの人とはちがうときめられるでしょうか。

生活のしかたにはいろいろのちがいがあるけれども、わたくしたちには共通した人生の願いというものが、こんにちの生活から導きだされてつよく一貫して流れはじめていると思います。

終戦の後しばらくは次のように考えていた年よりもなくはなかったようです。なにひとつわるいことをしなかったうちの息子ばかり戦死して、となりの息子が無事にかえってきたのはいかにもくやしい。もう一度戦争でもはじまって、となりの息子も戦死すればいい、と。今日そう思っている人がはたしてどこにあるでしょうか。

シベリアや中国から帰還してきた人のなかには、まだひといくさを夢みていて、戦争に反対し、平和を叫ぶのはアカだというようなことをいいふらし、村の民主化をかきみだしている人もあります。けれども、そういう人のいる村でも、大多数の人が、こんにち本心からのぞんでいるのはなにかといえば、第一に生活の安定であり、自分の国の人民の生活を守りたてていく実力のある政府がなくてはならないということではな

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