国木田 独歩
石清虚
雲飛といふ人は盆石を非常に愛翫した奇人で、人々から石狂者と言はれて居たが、人が何と言はうと一切頓着せず、珍しい石の搜索にのみ日を送つて居た。
或日近所の川に漁に出かけて彼處の淵此所の瀬と網を投つて廻はるうち、ふと網に掛つたものがある、引いて見たが容易に上らないので川に入つて探り試みると一抱もありさうな石である。例の奇癖は斯いふ場合にも直ぐ現はれ、若しや珍石ではあるまいかと、抱きかゝへて陸に上げて見ると、果して! 四面玲瓏、峯秀で溪幽に、亦と類なき奇石であつたので、雲飛先生涙の出るほど嬉しがり、早速家に持ち歸つて、紫檀の臺を造え之を安置した。
靈なる哉この石、天の雨降んとするや、白雲油然として孔々より湧出で溪を越え峯を摩する其趣は、恰度窓に倚つて遙かに自然の大景を眺むると少も異らないのである。
權勢家某といふが居て此靈妙を傳へ聞き、一見を求に來た、雲飛は大得意でこれを座に通して石を見せると、某も大に感服して眺て居たが急に僕に命じて石を擔がせ、馬に策つて難有うとも何とも言はず去つてしまつた。雲飛は足ずりして口惜がつたが如何することも出來ない。