素木 しづ

幸福への道

『上れますか。』

高い、こまかい階段の前に、戀人の聲が、彼女の弱い歡樂の淡絹をふりおとした。

彼女は、立止まつた、その瞬間、いま賑かな街を俥で飛んで來た、わづか十五分間の、眩惑されるやうな日のなかの、うれしさの心まどひが、彼女の心の底に常にひそんでゐる孤獨と悲哀の恐ろしさに、つゝまれてしまつた。『私の幸福を、私の弱さがさまたげやしないか。』彼女は、非常に弱かつた。そしてその足は、彼女がせまい胸を壓するやうに、脇の下にはさんでゐる所の、黒い杖でさゝへなければ、まだ若い彼女は、この光りにみちた地上を歩くことが出來なかつた。

そして、それがすべて若くして病める弱い人々のやうに、あらゆるうれしさや、よろこびの、さゝいのなかにも、淋しい恐ろしい孤獨と悲哀とを感ずるチヤンスを、見出すことを忘れさせなかつた。『私の弱さが、私の歡樂をうばひはしないか。』と。

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