吉川 英治

親鸞

序

歎異鈔旅にもち来て虫の声――

 わたくしの旧い拙い句である。こんな月並に耽っていた青年ごろから、自分の思索にはおぼろげながら親鸞がすでにあった。親鸞の教義を味解してというよりも――親鸞自身が告白している死ぬまで愚痴鈍根のたちきれない人間として彼が――直ちに好きだったのである。

とかくわたくし達には正直に人へも対世間的にも見せきれない自己の愚悪や凡痴を、親鸞はいとも自然に「それはお互いさまですよ、この親鸞だって」と何のかざりもなくやすやすといってくれているので、あのひとですらそうだったかとおもい、以後どれほど、自分という厄介者に、また人生という複雑なものにも、気がらくになったことかしれない。

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