泉 鏡花
作物の用意
私が作物に對する用意といふのは理窟はない、只好いものを書きたいといふ事のみです。されば現代の風潮はどうあらうと其※(「麻/(ノ+ム)」、第4水準2-94-57)事には構はず私は私の好きなものの、胸中に浮んだものを書くばかりです。人間には誰にでも好き嫌ひがあつて自分が嫌ひなものでも文壇の風潮だと云つて無理に書いたものは、何等の興味が無くつて丁度毛脛に緋縮緬が搦んだ樣なものですから、私は何等の流行を追はず好いたものを書かうと思つて居ます、否書いて居るのです。例へば茲に一人の人物を描くにしたところが其性格は第二、第一其人にならなければ不可ぬと思ふと同時にまた一方には描かうと思ふ人物を幻影の中に私の眼前に現はして、筆にする、其人物が假にお梅さんといふ若い女とすれば、そのお梅さんに饒舌つて貰ひ、立つて貰ひ、坐つて貰つて而して夫を筆に現はすと、私が日頃みて居る以上によく描けると思ふ。であるから、作者其物が如何に辯舌が不得手でも其處に雄辯家を書かうと思ふなら、其※(「麻/(ノ+ム)」、第4水準2-94-57)樣な人を眼中に描いて而して饒舌らすると、自然其書いたものに流暢なる雄辯家が現れる、繼母と繼子と對話させるにした處が同じで如何に作者に其※(「麻/(ノ+ム)」、第4水準2-94-57)經驗が無くともお前は繼母だからドン/\云ひたい事は言つて呉れといふやうなものを胸中に描いて而して筆にするのです、斯うなれば陸軍の知識が無い作者でも其處に堂々たる軍人を躍如させる事も出來、外國語の出來ない人でも外國語の出來る人を現す事が出來、また盜坊にしたところが其眞物に劣らないものを書く事が出來ると思ひます。