国木田 独歩
少年の悲哀
少年の歓喜が詩であるならば、少年の悲哀もまた詩である。自然の心に宿る歓喜にしてもし歌うべくんば、自然の心にささやく悲哀もまた歌うべきであろう。
ともかく、僕は僕の少年の時の悲哀の一ツを語ってみようと思うのである。(と一人の男が話しだした。)
※(アステリズム、1-12-94)
僕は八つの時から十五の時まで叔父の家で育ったので、そのころ、僕の父母は東京にいられたのである。
国木田 独歩
少年の歓喜が詩であるならば、少年の悲哀もまた詩である。自然の心に宿る歓喜にしてもし歌うべくんば、自然の心にささやく悲哀もまた歌うべきであろう。
ともかく、僕は僕の少年の時の悲哀の一ツを語ってみようと思うのである。(と一人の男が話しだした。)
※(アステリズム、1-12-94)
僕は八つの時から十五の時まで叔父の家で育ったので、そのころ、僕の父母は東京にいられたのである。