薄田 泣菫

侘助椿

一

私は今夕暮近い一室のなかにひとり坐ってゐる。

灰色の薄くらがりは、黒猫のやうに忍び脚でこつそりと室の片隅から片隅へと這ひ寄つてゐる。その陰影が壁に添うて揺曳くする床の間の柱に、煤ばんだ花籠がかかつてゐて、厚ぼつたい黒緑の葉のなかから、杯形の白い小ぶりな花が二つ三つ、微かな溜息をついてゐる。

侘助。侘助椿だ。―友人西川一草亭氏が、私が長い間身体の加減が悪く、この二、三年門外へは一歩も踏み出したことのない境涯を憐れんで、病間のなぐさめにもと、わざわざ届けてくれた花なのだ。

青空文庫の作品カード