横瀬 夜雨
春
露じもの降りる朝もあるにはあるが、木の芽稍ふくらんで暖かい日和の續く三月。常磐木ならでは野に青い物は無い。軒の下などに霜げ殘りの坊子泣かしだけが去年からの命を青く保つてゐる。まだ有る。戸袋の脇に誰かが厄病除にぶら下げたにんにくから延び出した青い芽。かうして太陽は南方から回つて來るのだ。
ひる過ぎ、學校から戻つた子供達の鞄からいろんな物がのぞいてゐる。お彈きのガラス玉、積細工の人形の首、空氣枕のネヂ、コードの切れなど。何處で摘んだかまだ咲き切らぬやぶ蘭の花も交つてゐる。
やぶ蘭は子供の誰もがをかしがる。ひらくと、男の物、女の物の格好そつくりになるからだ。ぢぢばばと呼んでゐる。色がまた變なのだ。たちの惡い子供は、花と花とをおつつけ合つて、爺さん婆さんが寢てるんだとはやす。親達はめん喰ふ。
山の春の期待に澱みなくふくらんでゐる、裸の木で春早く囀るは四十雀だ。常陸野は明るい。筑波は近く富士は遠く、筑波の煙は紫に、富士の雪は白い。風はあつても、枝々をやんわり撫でて行くに過ぎぬ。