泉 鏡花

若菜のうち

春の山――と、優に大きく、申出でるほどの事ではない。われら式のぶらぶらあるき、彼岸もはやくすぎた、四月上旬の田畝路は、些とのぼせるほど暖い。

修善寺の温泉宿、新井から、――着て出た羽織は脱ぎたいくらい。が脱ぐと、ステッキの片手の荷になる。つれの家内が持って遣ろうというのだけれど、二十か、三十そこそこで双方容子が好いのだと野山の景色にもなろうもの……紫末濃でも小桜縅でも何でもない。茶縞の布子と来て、菫、げんげにも恥かしい。……第一そこらにひらひらしている蝶々の袖に対しても、果報ものの狩衣ではない、衣装持の後見は、いきすぎよう。

汗ばんだ猪首の兜、いや、中折の古帽を脱いで、薄くなった折目を気にして、そっと撫でて、杖の柄に引っ掛けて、ひょいと、かつぐと、

「そこで端折ったり、じんじんばしょり、頬かぶり。」

青空文庫の作品カード