宮本 百合子
明日への新聞
一
新聞というものについての考えかたも、それぞれの時代によって大きい変化を経て来ていると思う。
明治の開化期、日本にはじめて新聞が発刊された時分、それはどんなに新鮮な空気をあたりに息吹かせながら、封建と開化とが奇妙にいりまじって錯雑した当時の輿論を指導したことだったろう。論説を書いた人々は社会の木鐸であるというその時分愛好された表現そのままの責任と同時に矜持もあったことだと思う。或人は熱心に、新しい日本の黎明を真に自由な、民権の伸張された姿に発展させようと腐心し、封建的な藩閥官僚政府に向って、常に思想の一牙城たろうとした。
元来、新聞発行そのものが、民意反映の機関として、またその民意を進歩の方向に導くための理想をもって始められた「文明国」らしい仕事であった。