宮本 百合子
公のことと私のこと
この社会に公明正大に生きてゆくためには、公私の別をよくわきまえていかなければならない。このことは、よく昔からくりかえして云われて来ております。そして、誰しも一応はわかって暮しているわけでしょうが、昨今私どもが周囲の生活を見まわしたとき、一応は誰にでもわかっている筈の、その公私の区別が、果してあるべきようにはっきりしているでしょうか。
毎日の実際について、少し観察してみましょう。
食糧事情は、お互さまにひどいことになって来ました。七時半ごろという今の時間は、どこの御家庭でも、たのしかるべき朝飯の時刻です。一家揃って元気よく、一日の活動に出発する第一の食事をなさるその時間に、ラジオは耳から、心の糧を送ろうとして、この時間のプログラムは考えられているのでしょう。けれども、けさの食卓は、お互さまにいかがなものでしょうか。
これまで、一家の食事ということは、どこの家でもかかされないことだのに、どういうわけか、めいめいの私事という風に考えられて来ました。食事の時間にお客が来ると、来たお客が恐縮するかわりに、却って食事中の主人一家の方があわてて、すまないことでもしているように、失礼いたしまして、と詫びたりします。