徳田 秋声

和解

一

奥の六畳に、私はM―子と火鉢の間に対坐してゐた。晩飯には少し間があるが、晩飯を済したのでは、夜の部の映画を見るのに時間が遅すぎる――ちやうどさう云つた時刻であつた。陽気が春めいて来てから、私は何となく出癖がついてゐた。日に一度くらゐ洋服を著て靴をはいて街へ出てみないと、何か憂鬱であつた。街へ出て見ても別に変つたことはなかつた。どこの町も人と円タクとネオンサインと、それから食糧品、雑貨、出版物、低俗な音楽の氾濫であつた。その日も私は為たい仕事が目の前に山ほど積つてゐるやうで、その癖何一つ為ることがないやうな気がしてゐた。その時T―が、いつもの、私を信じ切つてゐるやうな少し羞かしいやうな様子をして部屋の入口に現はれた。そしてつかつかと傍へ寄つて来た。

「済みませんけれど、一時お宅のアパアトにおいて戴きたいんですが……。家が見つかるまで。――家を釘づけにされちやつたんで。」彼はさういつて笑つてゐた。

「何うして?」

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