桑原 隲蔵

東漢の班超

一

數多き支那古今の人物の中に就いても、吾が氣に入つた人物といふと、一寸選擇に迷惑する。吾が輩の如き、史實調査に從事するものは、人物の表裏功過ともに承知するだけ、それだけ氣に入つた人物は見當り兼ねる。瑕疵のない人物といへば、孔子とか諸葛孔明とかを擧げねばならぬ。支那嫌ひで有名で、堯舜禹湯文武周公の所謂聖人を始め、支那の人物といふ人物に對して、惡罵を浴せかける本居宣長でも、殊に平田篤胤でも、流石に孔子と孔明に對しては、非常に感服して居る。本居は、

唐人と人はいへども、唐人のたぐひならめや、孔子はよき人

と申して居る。畢竟孔子は支那人とは違ふ、日本人が間違つて支那に生れたかの如き口吻を漏らして居る。平田は孔明に非常な同情を寄せ、支那人は孔子以後無二孔子一といふが、寧ろ孔子以後有二孔明一といふが至當だと主張して居る。

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