泉 鏡花

逗子より

拝啓、愚弟におんことづけの儀承り候。来月分新小説に、凡兆が、(涼しさや朝草門に荷ひ込む)趣の、やさしき御催しこれあり、小生にも一鎌仕れとのおほせ、ゐなかずまひのわれらにはふさはしき御申しつけ、心得申して候。

まづ、何処をさして申上げ候べき。われら此の森の伏屋、小川の芦、海は申すまでも候はず、岩端、松蔭、朝顔、夕顔、蛍、六代御前の塚は凄く涼しく、玄武寺の竜胆は幽に涼しく、南瓜の露はをかしげに涼しく、魚屋の盤台の鱸は……実は余りお安値からず涼しく、ものにつけ涼しからぬはこれなく候。わけて此の頃や、山々のみどりの中に、白百合の俤こそなつかしく涼しく候へ。

なかにも、尊く身にしみて膚寒きまで心涼しく候は、当田越村久野谷なる、岩殿寺のあたりに候。土地の人はたゞ岩殿と申して、石段高く青葉によづる山の上に、観世音の御堂こそあり候。

停車場より、路を葉山の方にせず、鎌倉の新道、鶴ヶ岡までトンネルを二つ越して、一里八町と申し候方に、あひむかひ候へば、左に小坪の岩の根、白波の寄するを境に、青田と浅緑の海とをながめ、右にえぞ菊、孔雀草、浦島草、おいらん草の濃き紅、おしろい草、装を凝したる十七八の農家つゞきに、小さく停車場の全幅を望みつゝ、やがて、踏切を越して、道のほど二町ばかり参り候へば、水田の畔に建札して、板東三十三番の内、第二番の霊場とござ候。

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