佐藤 紅緑

ああ玉杯に花うけて

一

豆腐屋のチビ公はいまたんぼのあぜを伝ってつぎの町へ急ぎつつある。さわやかな春の朝日が森をはなれて黄金の光の雨を緑の麦畑に、黄色な菜畑に、げんげさくくれないの田に降らす、あぜの草は夜露からめざめて軽やかに頭を上げる、すみれは薄紫の扉を開き、たんぽぽはオレンジ色の冠をささげる。堰の水はちょろちょろ音立てて田へ落ちると、かえるはこれからなきだす準備にとりかかっている。

チビ公は肩のてんびん棒にぶらさげた両方のおけをくるりとまわした。そうしてしばらく景色に見とれた。堤の上にかっと朝日をうけてうきだしている村の屋根屋根、火の見やぐら、役場の窓、白い土蔵、それらはいまねむりから活動に向かって歓喜の声をあげているかのよう、ところどころに立つ炊煙はのどかに風にゆれて林をめぐり、お宮の背後へなびき、それからうっとりとかすむ空のエメラルド色にまぎれゆく。

そこの畠にはえんどうの花、そらまめの花がさきみだれてる中にこつとしてねぎの坊主がつっ立っている。いつもここまでくるとチビ公の背中が暖かくなる。春とはいえども暁は寒い、奥歯をかみしめかみしめチビ公は豆腐をおけに移して家をでなければならないのである。町の人々が朝飯がすんだあとでは一丁の豆腐も売れない、どうしても六時にはひとまわりせねばならぬのだ。

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