泉 鏡花

歌行灯

一

宮重大根のふとしく立てし宮柱は、ふろふきの熱田の神のみそなわす、七里のわたし浪ゆたかにして、来往の渡船難なく桑名につきたる悦びのあまり……

と口誦むように独言の、膝栗毛五編の上の読初め、霜月十日あまりの初夜。中空は冴切って、星が水垢離取りそうな月明に、踏切の桟橋を渡る影高く、灯ちらちらと目の下に、遠近の樹立の骨ばかりなのを視めながら、桑名の停車場へ下りた旅客がある。

月の影には相応しい、真黒な外套の、痩せた身体にちと広過ぎるを緩く着て、焦茶色の中折帽、真新しいはさて可いが、馴れない天窓に山を立てて、鍔をしっくりと耳へ被さるばかり深く嵌めた、あまつさえ、風に取られまいための留紐を、ぶらりと皺びた頬へ下げた工合が、時世なれば、道中、笠も載せられず、と断念めた風に見える。年配六十二三の、気ばかり若い弥次郎兵衛。

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