戸坂 潤

思想としての文学

序

文学という言葉を文献学という意味に使い、所謂文学の代りに文芸という言葉を使え、という意見もあるが、私はにわかに賛成出来ない。文学は単なる文芸でもなく又文献学でもなしに、ある他のもっと大事なものを指していると私は考える。

世間で文学と呼び慣らわしているものをよく見ると、必ずしも芸術の一様式である文芸のことばかりを意味しているのではない。文芸を浸潤し、更に広く他様式の芸術的表現全般を貫徹し、それだけでなく哲学乃至科学にまで連関せねばおかぬ処の、或る脈々たる生きた真理を、世間では文学と呼んでいるのである。之は勝義に於て、思想と呼ばれているものに他ならないのだ。

独り文芸に限らぬ思想的背景が、殊更文学と呼ばれているのには、一つの理由がある。この搏動する思想は、色や形や音に固有な表現様式の下に於ても、それに拘らず、常に言葉の影像を以て云い表わされ、又は言葉の影像へ翻訳され得る、という事情を持っている。言葉の影像とは、そういう種類の普遍性を有っているものだ。そこで文芸に通じる文学という言葉が、広くこの思想の精髄を云い表わすことになるのである。

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