泉 鏡花
陽炎座
一
「ここだ、この音なんだよ。」
帽子も靴も艶々と光る、三十ばかりの、しかるべき会社か銀行で当時若手の利けものといった風采。一ツ、容子は似つかわしく外国語で行こう、ヤングゼントルマンというのが、その同伴の、――すらりとして派手に鮮麗な中に、扱帯の結んだ端、羽織の裏、褄はずれ、目立たないで、ちらちらと春風にちらめく処々に薄りと蔭がさす、何か、もの思か、悩が身にありそうな、ぱっと咲いて浅く重る花片に、曇のある趣に似たが、風情は勝る、花の香はその隈から、幽に、行違う人を誘うて時めく。薫を籠めて、藤、菖蒲、色の調う一枚小袖、長襦袢。そのいずれも彩糸は使わないで、ひとえに浅みどりの柳の葉を、針で運んで縫ったように、姿を通して涼しさの靡くと同時に、袖にも褄にもすらすらと寂しの添った、痩せぎすな美しい女に、――今のを、ト言掛けると、婦人は黙って頷いた。
が、もう打頷く咽喉の影が、半襟の縫の薄紅梅に白く映る。……