宮本 百合子
偶感一語
最近、昆虫学の泰斗として名声のあった某理学博士が、突然に逝去された報道は、自分に、暫くは呆然とする程の驚きと共に、深い深い二三の反省ともいうべきものを与えました。故博士に就て、自分は何も個人的に知ってはおりません。
ただ、余程以前、何かの講演会の席上で、つい目の前に、博士の精力的な、快活な丸い風貌に接した以外は、文学を通してだけの知己でありました。
私の周囲にそのくらいの深度の記憶を持った人々は多くあると思います。その中から、幾人ずつか一年のうちに死去せられるのも事実です。けれども、それ等の場合、私の胸に湧いたものは、決して今度経験したようなものではありませんでした。
或る時には、その方の病名や年齢が一種の知識を与えます。ただ、寂寥々とした哀愁が、人生というもの、生涯というものを、未だ年に於て若く、仕事に於て未完成である自分の前途にぼんやりと照し出したのです。