宮本 百合子
透き徹る秋
空を、はるばると見あげ、思う。何という透明な世界だろう。
晴れ渡った或る日、障子を開け放して机に向っていた。何かの拍子に、フト眼が、庭の一隅にある青桐の梢に牽かれ、何心なく眺めるうちに、胸まで透き徹る清澄な秋の空気に打たれたのだ。
平常私の坐っている場所から、樹は、丁度眼を遣るに程よい位置にある。去年の秋、引越して来てから文学に行きつまった時、心が沈んだ時、または、元気よく嬉しく庭に下りた時、幾度この梢を見上げたことだろう。春先、まだ紫陽花の花が開かず、鮮やかな萌黄の丸い芽生であった頃、青桐も浅い肉桂色のにこげに包まれた幼葉を瑞々しい枝の先から、ちょぽり、ちょぽりと見せていた。
浅春という感じに満ちて庭を彼方此方、歩き廻りながら日を浴び、若芽を眺めるのは、実に云い難い悦びであった。