芥川 竜之介

小説の読者

僕の経験するところによれば、今の小説の読者といふものは、大抵はその小説の筋を読んでゐる。その次ぎには、その小説の中に描かれた生活に憧憬を持つてゐる。これには時々不思議な気持がしないことはない。

現に僕の知つてゐる或る人などは随分経済的に苦しい暮らしをしてゐながら、富豪や華族ばかり出て来る通俗小説を愛読してゐる。のみならず、この人の生活に近い生活を書いた小説には全然興味を持つてゐない。

第三には、第二と反対に、その次ぎには読者自身の生活に近いものばかり求めてゐる。

僕はこれらを必ずしも悪いこととは思つてゐない。この三つの心持ちは、同時に僕自身の中にも存在してゐる。僕は筋の面白い小説を愛読してゐる。それから僕自身の生活に遠い生活を書いた小説も愛読しないことはない。最後に、僕自身の生活に近い小説を愛読してゐることは勿論である。

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