芥川 竜之介
饒舌
始皇帝がどう思つたか、本を皆焼いてしまつたので、神田の古本屋が職を失つたと新聞に出てゐるから、ひどい事をしたもんだと思つて、その本の焼けあとを見に丸ノ内へ行かうとすると、銀座尾張町の四つ角で、交番の前に人が山のやうにたかつてゐる。そこで後から背のびをして覗いて見ると、支那人の婆さんが一人巡査の前でおいおい云ひながら泣いてゐた。尤も支那人と云つても、今の支那人ではない。平福百穂さんの予譲の画からぬけ出したやうな、古雅な服装をした婆さんである。巡査はいろいろ説諭をしてゐるが、婆さんの耳には少しもそれがはいらないらしい。何しろあんまり婆さんの泣き方が猛烈だから、どうしたんだらうと思つて見てゐると、側にゐたどこかのメツセンヂア・ボイが二人でこんな事を話してゐる。
「あれは丸善の金どんのお母さんだよ。」
「どうして又金どんのお母さんがあんなに泣いてゐるんだらう。」
「なにね、始皇帝が今日東京中の学者をみんな日比谷公園の池へ抛りこんで、生埋めにしちまつたらう。それで金どんもやつぱり生埋めにされちまつたもんだから、それであんなにお母さんが泣いてゐるのさ。」