芥川 竜之介
沼
おれは沼のほとりを歩いてゐる。
昼か、夜か、それもおれにはわからない。唯、どこかで蒼鷺の啼く声がしたと思つたら、蔦葛に掩はれた木々の梢に、薄明りの仄めく空が見えた。
沼にはおれの丈よりも高い芦が、ひつそりと水面をとざしてゐる。水も動かない。藻も動かない。水の底に棲んでゐる魚も――魚がこの沼に棲んでゐるであらうか。
昼か、夜か、それもおれにはわからない。おれはこの五六日、この沼のほとりばかり歩いてゐた。寒い朝日の光と一しよに、水の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)や芦の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)ひがおれの体を包んだ事もある。と思ふと又枝蛙の声が、蔦葛に蔽はれた木々の梢から、一つ一つかすかな星を呼びさました覚えもあつた。