芥川 竜之介

教訓談

あなたはこんな話を聞いたことがありますか? 人間が人間の肉を食つた話を。いえ、ロシヤの飢饉の話ではありません。日本の話、――ずつと昔の日本の話です。食つたのは爺さんですし、食はれたのは婆さんです。

どうして食つたと云ふのですか? それは狸の悪企みです。婆さんを殺した古狸はその婆さんに化けた上狸の肉を食はせる代りに婆さんの肉を食はせたのです。

あなたも勿論知つてゐるでせう。ええ、あの古いお伽噺です。かちかち山の話です。おや、あなたは笑つてゐますね。あれは恐ろしい話ですよ。夫は妻の肉を食つたのです。それも一匹の獣の為に、――こんな恐ろしい話があるでせうか?

いや恐ろしいばかりではありません。あれは巧妙な教訓談です。我々もうつかりしてゐると、人間の肉を食ひかねません。我々の内にある獣の為に。

青空文庫の作品カード