宮本 百合子

大切な芽

私は、友情というものに多くの夢をかけている者だ。どうかして一人でも一生の間には、これこそ自分の心の友として悦びや悲しみを倶にし得る人を得たいと常に思っていた。けれども、子供の時から私の生活は両親の保護でぐるりととりまかれ、その状態が長く続いたので、本当に自分の感情を流露させて深く交際する人を見出すことは難しかった。一つには、性格の傾向や趣味の問題もある。何かで読んだ通り、こちらで求めるときには、却ってよい友などは見つからないものなのかもしれない。一時、私は同性間の友情に、随分悲観的な見方をしたことがあった。女学校時分に相当親しかった友達などでも、だんだん時が経ち、生活の様子が異って来ると、どうもぴったり心が喰い合わない。正直なことをいうと感情を害し、自己の生活などを全然客観し得ない、あるままの而も綺麗なよそ行きな部面だけを照し合わせていき合って行かなければならないのは、私にとって苦痛であり、物足りなさが増す一方であった。

私は、それにいろいろ理窟をつけて考えて見た。女というものは、概して自分を発育させ、宏い確かな地盤の上で生きようとする本能的な熱意が男より少いのではないか、家が幸福で兄妹でもあって育てば、友達を求める切な望みは起るまいし、大きくなって結婚でもすれば、良人に承認されるだけの自分で大抵安心を得てしまう。友達との関係は第二次的のものになる。良人同士の社会的地位などが若し互の意識に這入りでもすれば友情は衰弱するばかりであろう。

仕事を持たない人、これだけは一生かかってどうにかしようという一つのものを持たない人は、その点呑気であると思った。仕事をするのは独りぽっちの業であ

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