宮本 百合子

蠹魚

私は先日来、福島県下にある祖父の旧宅に来ている。

祖父の没後久しく祖母独り家を守っていたが、老年になったのでこれも東京に引移り、今は一年の大部分空家になっている。夏の休暇に母が子達をつれて来たり、時折斯うやって私が祖母の伴で来たりする外は。

今度は少し長逗留なので、私はこれ迄一向注意を払わなかった亡祖父の蔵書を見る気になった。良いもの、纏ったものは皆東京にうつされ此方に遺っているのは、ちぐはぐな叢書の端本、一寸した単行本等に過ない筈である。

ひどくこの地方名物の風が吹き荒んで、おちおちものも書けない或る日、私は埃くさい三畳で古本箱やその囲りに散っている本等を整理した。私が此那好奇心を起したのは、強ち祖父に忠実なよき孫である証拠ではない。昨年の震火災で夥しい書籍が焼けてしまった。これは、直接自分の利害に関係ないことだが私に或る淋しさを与えた。母方の祖父の文庫もこの時完全に失われた。其故、この古家の古本に再び日の目を見せる気になった私の心持の底には、謂わば私心を脱した書籍愛好者魂とでも云うべきものが働いていなかったとは云えない。

青空文庫の作品カード