宮本 百合子

「三人姉妹」のマーシャ

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「三人姉妹」で、マーシャがどんな風に活かされるかと楽しみにしていた。三人の女性の中では、一番性格的に色彩が強い。その強さが内面的で、動作はごく簡単だがひどく意味深い。マーシャを演じる俳優は、少い台詞と台詞との間に、内へ内へと拡り燃え活動しているマーシャの魂全体を捕えていなければならない。人間として密度の細かい心の疲れる性質と思われる。

芸術座の人々が、自分達の持って生れた言葉でやってさえ、なかなかうまく行かなかったのだそうだから、翻訳文の欠点が当然つきまとう外国語でして、いきなり本物になれないのは寧ろあたりまえであろう。然し、マーシャが自分にひどく物足りなかったのは、其理由だけではないようだ。――勿論マーシャの心持全部をそれだけで象徴しているあの、緑なす樫の詩句が、何処か我々に耳遠い「……ありき」と云う調子で第一に暗誦された為、マーシャが変にいやみに、思わせぶりになったと云うことも無くはないが――其那ことでも、慾を云えば、女優の技倆一つで苦にさせずにすむのではあるまいかとも思う。マーシャがプーシュキンの詩を、彼那に度々繰返さずにいられないのは何故か、其は単に彼女の文学的教養のさせる業でもなければ、感傷癖からでもない。彼女はこみあげて来る心に堪えかねて呻くのだ、その呻きとプーシュキンの詩句とがきっちり結びつけて離れない。そういうものだろうと思う。マーシャを演じた女優は、此点、掴みようが足りなく感じられた。そして、其が全般に及ぼしているらしく思われた。

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