宮本 百合子

この初冬

鏡

父かたの祖母は晩年の僅かをのぞいて、生涯の大半は田舎住居で過ごしたひとであった。よく働いた人であった。何番目かの子供を生んで、まだ余り肥だたないうちに昔の米沢のどういう季節の関係だったのか、菜をどっさりゆで上げなければならないことがあった。大釜にクラクラ湯を煮立てて、洗った菜を入れては上げ、またあとからと入れながら、竈の火をいじっているうちに段々顔が火照って来て、かあっと眼のなかで燃え立つ思いがしたと思うとそのまま気を失った。それが始まりで、祖母は火鉢の火でも炉の火でも、からでおこっている火の色を見ていると気分がわるくなる癖があった。しかめた顔をそむけるようにして、何か掛けろっちゃ、と米沢の言葉で云った。足の裏の気持がわるいと云って、夏でも足袋はいて、草むしりしたりしていた。

少し大きくなってから私は夏休みを此の祖母のところで過ごし、そういう時は、私に髪を結わせるのが祖母の楽しみらしかった。髪と云っても切下げ髪であった。それをよく櫛で揃えてとめるだけだったけれど、祖母の頭には一つ割合大きい疣があって、とかくそれが櫛の歯に当って、大変気持がわるかった。それへひっかけないようにそこで一寸櫛の歯を浮かす、その呼吸がのみこめた時分にはそろそろ私のかえる時が迫った。祖母の鏡立ては木目のくっきりした渋色の艷のある四角い箱のようなものであった。鏡は妙によく見えなくて、いくら拭いても見えないことには変りがなかった。

父が何年も何年も前に一つの鏡を私にくれた。古風な唐草模様のピアノの譜面台らしいものに長方形の鏡をはめこんだもので、今だにそれを箪笥の上に立てかけて使っている。この鏡と手鏡だけが

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