宮本 百合子

歳々是好年

新年というものについて抱く私たちの心持も、その年々によって様々ですし、一人のひとの生活の其々の時代によっても又おのずから、異った感想をもつものだということを、近頃感じて居ります。

お正月という言葉で新年が考えられていた子供の時代からはなれて、二十歳前のころ、ほかの方たちはいかがでしたか、私にはお正月の形式的な挨拶だのしきたりだのが大変つまらないものに思われた時期がありました。お正月なんて、何がおめでたいんだろう。本当にこういう気持でぐるりを眺めました。

それから数年の間、やはり正月は格別な感じをおこさせずに過ぎましたが、自分としての生活にいろいろの波瀾が生じて、来る一年はどんな内容をもって現れるのか予測もつかないようになってからは、却って新年を祝う気分になったのは面白いことだと思います。来る年を祝福して、よかれあしかれ是好年として積極的に迎える心持になりました。そういう意味から、新年を祝う複雑なしきたりだの、その盛大さというものを考えてみると、どうもこれは苦労人の考え出したものらしく思われますがいかがでしょう。例えば中国の習俗では正月を迎えることは年中行事中、最も賑やからしい様子ですが、それなら中国の村人、市民がこれまでの歴史のなかで常に安穏な月日を経て来ているかと云えば、事実は反対のものとして語られていると思います。日本の私たちは、あながちその習俗を形からとりいれたというばかりでない祖先たちの計り知られざる来る一年への祝福の感情を、どこやらにつたえられてもいるのではないでしょうか。そして、本年の正月などは、殊更その感が深いようです。

今年はひろい規模で様々の祝典が催されたり、

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